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福島地方裁判所 昭和34年(ワ)196号 判決

原告 福島トヨタ自動車株式会社

被告 渡部綱

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金四七万八〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年九月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因として、原告は昭和三二年一二月二一日被告に対しトヨタ号一九五六年式FA六〇型トラツク一台を代金は金一〇三万二七四〇円を別表記載のとおり分割支払うこと、原告は売買契約と同時に右自動車を被告に引渡すがその所有権は代金完済まで原告に留保すること、被告が代金の支払を怠つたときは原告は何等の通知催告を要せず本件売買契約を解除すること、その場合被告は原告に対し前記自動車を引渡すと共に被告が原告に支払つた売買代金及び売買代金末払額に相当する金員の合計額を違約金として支払うこと、という約束で売渡し、即日右車輛を被告に引渡した。しかるに被告は右代金のうち金二三万四七四〇円を支払つたのみで残金の支払をしなかつたので、原告は昭和三三年九月二〇日本件売買契約を解除し被告から右自動車の返還を受けた。よつて被告に対し右契約にもとずき違約金一〇三万二七四〇円のうち既に売買代金として受領した前記金二三万四七四〇円及び被告から返還を受けた自動車の時価金三二万円を控除した金四七万八〇〇〇円の支払を求める。と述べ、証拠として甲第一ないし第三号証を提出し、証人荒木潔巳の証言を援用し、甲第二、第三号証はそれぞれ福島日産自動車販売株式会社及び福島いすゞ自動車株式会社の自動車月賦販売契約書のひな形である、と附陳した。

被告は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告主張の請求原因事実中、被告が昭和三二年一二月二一日原告から原告主張の自動車一台を代金一〇三万二七四〇円で買受けてその引渡を受けたこと、被告が右代金のうち金二三万四七四〇円を支払つたのみで残金の支払をしなかつたこと、昭和三三年九月二〇日原告から本件売買契約解除の通知を受け右自動車を原告に返還したことは認めるがその余の事実は否認する、と述べ、甲第一号証の成立は認めるが、甲第二、第三号証の成立は不知、と述べた。

理由

原告が昭和三二年一二月二一日原告主張の自動車一台を代金一〇三万二七四〇円で被告に売渡したこと、被告が右代金のうち金二三万四七四〇円を支払つたのみで残金の支払をしなかつたこと、原告が昭和三三年九月二〇日右売買契約を解除して被告から右自動車の返還を受けたことは当事者間に争がない。成立に争のない甲第一号証によれば右売買契約と同時に原、被告間に原告主張のような代金の分割払、所有権の留保、解除権の留保及び違約金に関する特約がなされたことが認められる。原告の本訴請求は右の違約金の特約にもとずくものであるから、次にその法律上の効力について検討することにする。

本件違約金の特約によれば違約金の額は売買代金と同額であり、しかもそれは買主が自動車を使用した期間(売買契約の日から契約解除の日まで)の長短を問わないから、例えば買主が最初の割賦金の支払を怠つたため契約が解除された場合は買主において約一ケ月自動車を使用しただけで売買代金と同額の違約金を支払わなければならないことになる。このように債務者(買主)にとつて極端に可酷な場合が生じ得る違約金の特約は公序良俗に反するから民法第九〇条により無効であるといわねばならない。尤も本件のような月賦販売契約では代金の支払がすまないのに売主は目的物を買主に引渡すのであるから、売主としてその代金の支払を確保するため、月賦金の不払によつて契約が解除された場合に買主に違約金その他の名義で一定の金銭の支払を約束させることは当然であつて、その結果多少買主に酷となつてもやむを得ないのであるが、それには社会通念上或る程度合理的な根拠がなければならない。(例えば月賦金の不払のため契約が解除された場合には、買主が既に支払つた月賦金は、それまで買主が目的物を使用した使用料又は損料として、売主がこれを没収する旨の特約は、自動車以外の動産の月賦販売契約において巷間屡々見受けられるが、この場合は使用期間と買主が支払うべき金額とが略々比例するから、使用料又は損料としては多少高額であつても通常有効と解すべきである。)証人荒木潔巳の証言によれば自動車は一度使用した後は価格が激減し、しかもこれを他に販売することが困難である点において他の商品の月賦販売とは異なる事情があることが認められるが、月賦期間中使用した自動車でも必ずしも全然無価値となるわけでないことは弁論の全趣旨によつて明かであるから、右のような事情は売買代金と同額の金員を違約金として使用期間の長短を問わず支払うべき特約に何等合理性を付与するものではない。また、右証言及びこれによつて真正に成立したものと認める甲第二、第三号証によれば、我が国産自動車の約八〇パーセントを占めるトヨタ、日産、いすゞ各自動車の月賦販売契約の内容はそれぞれ全国共通であつて、いずれも本件と同趣旨の違約金の特約を含んでいることが認められるが、同時に右証言によれば、右特約による違約金の全額の支払を現実に買主に要求した事例はなく、訴訟上は本件と同様必ず契約解除当時の自動車の時価を控除した金額の支払を請求していることが認められる(このことは福島地方に関する限り当裁判所に顕著である。)から、自動車の月賦販売契約について本件のような違約金の特約を有効とする商慣習が成立しているとは認め難い。

以上説明したとおり本件違約金の特約は絶対的に無効と解すべきであつて、本件のように売主たる原告において現実の使用期間の長短や契約解除当時の自動車の時価に応じ、極端に買主に苛酷とならないよう違約金の一部を控除した金額の支払を請求している場合であつても、その請求金額の範囲内において有効であると解すべきではない。けだし、違約金は損害賠償の予定と推定され(民法第四二〇条第三項)、債務不履行の場合における損害の有無及び範囲に関する紛争を予め一掃することを目的とする(この場合債権者は損害額を立証する必要がない。)ものであるから、現実の使用期間や契約解除当時の時価を斟酌して妥当な違約金の額を定めなければならないようではもはや違約金の意味をなさないのであつて、そのような場合には原告としてはむしろ現実の損害額を立証してその賠償を請求すべきであるからである。

よつて本件違約金の特約が有効であることを前提とする原告の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 滝川叡一)

別紙

弁済期      金額

(1)  契約と同時     八万五〇〇〇円

(2)  昭和三三年一月一五日  五〇〇〇円

(3)  同年二月一五日     五〇〇〇円

(4)  同年三月一五日   四万六〇〇〇円

(5)  同年四月一五日   四万六〇〇〇円

(6)  同年五月一五日   四万六〇〇〇円

(7)  同年六月一五日   四万七七四〇円

(8)  同年七月一五日   四万七〇〇〇円

(9)  同年八月一五日   四万六〇〇〇円

(10) 同年九月一五日   四万七〇〇〇円

(11) 同年一〇月一五日  四万七〇〇〇円

(12) 同年一一月一五日  四万六〇〇〇円

(13) 同年一二月一五日  四万六〇〇〇円

(14) 昭和三四年一月一五日  五〇〇〇円

(15) 同年二月一五日     五〇〇〇円

(16) 同年三月一五日   四万六〇〇〇円

(17) 同年四月一五日   四万六〇〇〇円

(18) 同年五月一五日   四万六〇〇〇円

(19) 同年六月一五日   四万七〇〇〇円

(20) 同年七月一五日   四万七〇〇〇円

(21) 同年八月一五日   四万六〇〇〇円

(22) 同年九月一五日   四万七〇〇〇円

(23) 同年一〇月一五日  四万六〇〇〇円

(24) 同年一一月一五日  四万六〇〇〇円

(25) 同年一二月一五日  四万六〇〇〇円

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